大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所 昭和30年(行)6号 判決

原告 椿嘉彦 外二名

被告 山形県知事

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を原告椿の、その余を原告鈴木、同伊藤の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告が、昭和二十二年七月二日付山形(ろ)第八七二号買収令書をもつて別紙第一目録記載の土地について、同日付山形(ろ)第八七六号買収令書をもつて別紙第二目録記載の土地について、同日付山形(ろ)第八七五号買収令書をもつて別紙第三目録記載の土地についてなした各未墾地買収処分、および昭和二十三年十二月二日付買収令書をもつて別紙第四目録記載の土地についてなした牧野買収処分は、無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として、別紙第一、四目録記載の土地は原告椿嘉彦の、別紙第二目録記載の土地は原告鈴木覚太郎の、別紙第三目録記載の土地は原告伊藤源三郎の各所有であつたところ、被告は昭和二十二年七月二日第一目録記載の土地につき山形(ろ)第八七二号、第二目録記載の土地につき山形(ろ)第八七六号、第三目録記載の土地につき山形(ろ)第八七五号の各買収令書をもつて自作農創設特別措置法第三十条により未墾地買収処分をなし、昭和二十三年十二月二日第四目録記載の土地につき同法第四十条の二により牧野買収処分をなした。しかしながら右各買収処分には次のような重大且つ明白な違法があるから無効である。

一、山形県農地委員会は、昭和二十二年五月十三日第一ないし第三目録記載の土地について未墾地買収計画を樹立したけれども、その公告をしなかつた。従つて、同計画に基ずく買収処分は違法である。

二、(一) 第一目録(1)記載の土地は、大部分雑木林でその中に買収当時樹令十年以上の杉松が約千本生立し、開墾には多大の費用と労力を要する極めて不適当な土地である。しかもその約三分の一は湿地帯で開墾できない。同(2)記載の土地は買収時その現況は畑で、未墾地ではない。

(二) 第二目録記載の土地三筆は、いずれも急傾斜地で開墾することはできない。また買収隣接地を開墾した後に、同地を付帯地として利用する何等の必要はない。原告鈴木は右三筆に樹令二十五年に達する杉立木約三百本を植林しており、該山林はその北方を通ずる県道の防雪林として、また東方田地の水源林として公共の利益に資するところがある。

(三) 第三目録記載の土地は、二筆とも急傾斜地で、開墾不適地で、また付帯地として買収し、利用する必要がない。(6)記載の土地は雑木林として原告伊藤の薪炭供給源として重要であり、(7)記載の土地は、採草地として原告伊藤が馬の飼料および堆肥用の草を刈り、又は屋根葺用の萱を毎年千束位採つてきたところである。同原告は田二町一反七畝歩、畑三反八畝歩を耕作し、家屋敷および馬一頭を所有する自作農で、右二筆の土地は同人の農業経営に必要欠くべからざる薪炭林および唯一の採草地である。

(四) 第四目録記載の土地は、買収時山林で、牧野ではなかつた。同地のわずか五分の一の部分が採草地であり、大部分は雑木林で、その中に松の天然成長木が五千五百本位生立し、樹令五十年余の大木も六、七十本数えられ、将来採草地にすることは不可能であつた。その故に、同地の買受人等はいずれもその後同地を牧野として利用しておらず、或者は買受地を他え転売し、或者は松杉等を植栽して造林地としようとしている。さらに同地の内約六反歩は古来成島公園と称され、米沢市および近郊町村の住民が運動会などに利用し、原告椿はそこを米沢市に寄付する申込をしていたのである。そして同地を買収するにあたつて、広幡村農地委員の一部の者は、後に同地を買受けた井上一男、勝見唯一、荒井哲郎および非農家である島貫祐衛、渋谷政蔵等と相企り、同人等の利益を得んとする不正の目的をもつて、同地が小作牧野でないのに、右買受人等が従前から小作していた牧野であるかのように装つて、小作牧野として買収計画を樹て、これを買収したものである。

以上のような開墾不適地、現況農地、防雪水源林を、はたまた所有者の唯一の採草地を未墾地として買収し、採草不適地、公共用地(公園)を小作牧野でないのに小作牧野として買収した処分は、農地法の目的精神に惇り、所有者の財産権を侵害するものであるから、重大且つ明白な違法処分といわなければならない。よつてこれが無効確認を求めるため本訴請求に及ぶと陳述した。

(立証省略)

被告指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、被告が原告等主張の買収処分をなしたことは認めるが、同処分に違法の点があるとの主張は争う。

一、原告等は、未墾地買収計画の公告をしなかつたと主張するが、山形県農地委員会は昭和二十二年五月十三日別紙第一ないし第三目録記載の土地につき、買収時期を同年七月二日とする未墾地買収計画を樹立し、同年五月十三日山形県公報に登載してこれを公告同月二十二日から六月十日まで広幡村役場において右計画書を縦覧に供したのである。原告等の買収手続に違法があるとの主張には理由がない。

二、(一) 原告主張二の(一)の事実は否認する。

同二の(二)の事実中、一部急傾斜地となつていること、樹令二十五年に達する杉立木約三百本が存在することは認めるが、その余の事実は否認する。

同二の(三)の事実中、別紙第三目録(6)記載の土地に樹令約十二年の雑木林の部分があることは認めるが、その余の事実は知らない。同二の(四)の事実中、被告が同地を牧野として買収したこと、同地には、樹令五十年に及ぶ松立木の存在すること(但し、その数量は争う)買受人においてその一部に松杉を植栽したこと、買受人が井上一男外四名であることは認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 別紙第二、三目録記載の土地は、付帯地として、隣接買収地開墾後において、採草地として利用するため買収したものであり、別紙第四目録記載の土地は、小作牧野であり、小作人等が原告椿嘉彦の代理人としての同人の義兄椿新吉と合意のうえ、同地を未墾地として買収するのでは、これを牧野として買収するのに比して買収価格が少額となるから、牧野として買収してくれと、買収計画の樹立者広幡村農地委員会に申し入れ、被告は、牧野の所有者が政府において買収すべき旨を申し出たものとしてこれを買収し、小作人に売渡したものである。被告の買収処分には、いずれにも何等の違法はないから、原告等の本訴請求には理由がないと陳述した。

(立証省略)

理由

一、別紙第一および第四目録記載の土地は、原告椿嘉彦の、第二目録記載の土地は原告鈴木覚太郎の、第三目録記載の土地は原告伊藤原三郎の各所有であつたところ、被告が昭和二十二年七月二日第一目録記載の土地につき山形(ろ)第八七二号、第二目録記載の土地につき山形(ろ)第八七六号、第三目録記載の土地につき山形(ろ)第八七五号の各買収令書をもつて未墾地買収をなし、昭和二十三年十二月二日、第四目録記載の土地を牧野買収したことは当事者間に争がない。

二、原告等は、前記未墾地買収をなすに当つて、山形県農地委員会が買収計画樹立の公告手続をしなかつたから、買収処分は無効であると主張するが、成立に争のない乙第三号証によれば、同委員会が昭和二十二年五月十三日右未墾地買収計画を樹立し、その旨を同日付山形県公報に登載して公告したことが明らかであり、右認定を左右する証拠はない。然らばこの点に関する原告等の主張は理由がない。

三、原告椿は、第一目録(1)の土地は開墾不適地であり、同(2)の土地は買収計画樹立当時農地であつたから、右各土地を未墾地買収することは違法であると主張するが、

(一)  第一目録(1)の土地は、検証および鑑定人白石広、山崎広の各鑑定の結果に徴すれば、五度ないし十度の緩傾斜を呈し、買収計画樹立当時、樹令二、三年の天然赤松があつたけれども開墾適地であつたこと。

(二)  同(2)の土地は、証人渋谷政蔵の証言によれば、買収計画時荒地であつたのを、同人が政府から売渡を受けてから開畑したものであることをそれぞれ認めることができ、前記認定に反する証拠はない。然らばこの点に関する原告の主張には理由がない。

四、(一) 原告鈴木は、第二目録(3)、(4)、(5)の土地三筆はいずれも急傾斜を呈し、防雪又は水源林として公共の利益に役立つている樹令二十五年に達する杉林となつており、開墾不可能な地形であると主張するので案ずるに、前掲検証および両鑑定の結果に徴すると、三筆とも三十度ないし三十五度の急傾斜地で、買収計画樹立当時原告鈴木は樹令十七、八年に及ぶ杉約三百本を植林し、同地は造林地に適切であるけれども、開墾にはきわめて不適な土地であること、原告鈴木本人尋問の結果によれば、右杉林が北方を通ずる県道の防雪林として役立つていることを、それぞれ認めることができる。しかしながら同原告主張のように右杉林が東方田地の水源林となつていることを認めるに足る証拠はない。(二)しかして、被告は、右三筆の土地を、いずれも付帯地として買収したと主張するに対し、右原告は同地を付帯地として買収する必要はなかつたと争うところ、証人井上一男の証言によれば、隣接地の開拓者である同人が政府から採草地としてその売渡を受けている事実を認めることができるけれども、買収計画樹立に際し、同地を付帯地として買収し、且つ付帯地として買収する必要が存したかについて立証がない。右各認定に反する証拠はない。

そうであるならば、被告は第二目録(3)、(4)、(5)の土地が開墾不適地であるのに開墾適地と誤認してこれを買収したか又は同地を付帯地として買収する必要がないのに必要ありと誤認して、買収したかのいずれかであるといわなければならない。しかしながら、かかる誤認は、行政手続をもつて法定期間内に争うのであれば格別重大且つ明白な瑕疵として、買収処分を当然無効ならしめるものであるということはできない。然らばこの点についての原告の主張には理由がない。

五、(一) 先ず原告伊藤は第三目録(6)(7)の土地はいずれも急傾斜のため開墾不適地であると主張するところ、前掲検証および鑑定の結果に徴するに(6)の土地は三十三度の、(7)の土地は三十度ないし三十七度の急傾斜のため開墾不適地であることを認めることができる。

(二) しかして、被告は(6)(7)の土地を付帯地として買収したと主張するけれども、同地を付帯地として買収し、且つ付帯地として買収する必要があつたかについての立証はない。

(三) 次に同原告は、(6)の土地を買収されて薪炭林を失い、(7)の土地を買収されて唯一の採草地を失い、農業経営に著しい支障をきたしたと主張するので案ずるに、証人佐藤佐久、原告伊藤本人の各供述によれば、原告伊藤は、田二町一反七畝歩、畑三反八畝歩を耕作し、馬一頭、和牛二頭、乳牛一頭、緬羊二頭を飼育し、(6)の土地から薪炭を、(7)の土地から家畜の飼料、堆肥用の草や、屋根修理用の萱を採つていたところ、同地を買収されたため飼料に不足し、一年間に約二、三百貫の乾草を買求めなければならなくなつたこと、しかしながら、同原告は、右(6)(7)の土地以外に栗林一反六畝歩、雑木林約六町歩を所有していることを認めることができる。そうであれば同原告において将来薪炭林、採草地を造成する余裕がなお存するということができ、被告が買収計画樹立に際し、裁量を逸脱して、同原告の農業経営に、通常買収処分によつて生ずる以上の著大な損害支障を与えたとすることはできない。

されば右(6)(7)の土地の買収処分には、前記四の結論と同じく、無効原因となる瑕疵は存在しない。この点に関する原告の主張には理由がない。

六、原告椿は、(一)先ず第四目録(8)の土地は買収時の現況は牧野でなく山林であつたと主張するが、前掲検証および鑑定の結果に徴すれば後記運動場として使用されていた部分を除き、すべて立木伐採の跡地で、樹令二十余年に及ぶ松が数本残存していたが、松、雑木の幼木が生立するのみで採草するのに適切な土地であつたことを認めることができる。(二)次に(8)の土地を買収するに当り、広幡村農地委員の一部の者が、同地の買受申込人と結託して、同人等の利益をはかる不正な目的から、買受申込人等の小作牧野でないのに、小作牧野として買収計画を樹立したと主張するが、その主張のように右農地委員の一部の者が買受申込人と結託し不正な目的をもつて買収計画を樹立した事実を認めうる証拠はなく、証人色摩三四郎、島貫源左ヱ門、井上一男、荒井哲太郎、勝見唯一、島貫祐衛、渋谷政蔵の各証言によれば、(8)の土地は買受申込人等の小作牧野であつたこと、証人椿新吉、椿しん、椿初枝の各証言によれば、買収計画樹立当時原告椿が福島高等商業学校在学中のため、その財産を管理していた毋しん、義兄椿新吉が(8)の土地も(1)の土地に次いで早晩買収されるものと考え、自ら進んで同地を政府において牧野として買収すべき旨を申し入れたことを認めることができる。右(一)(二)の各認定に反する証人富岡清作、原告椿本人の各供述は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。(三)、同原告は(8)の土地のうち約六反歩は米沢市周辺の住民が運動場などに使用する公園地の一部であるから買収は違法であると主張するので案ずるに、証人戸内八郎、須佐吉徳、吉野正八、原告椿本人の各供述によれば、(8)の土地のうち約六反歩は原告椿の私有地で、事実上古くから公園地として公共の用に供されてきたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。このように事実上公共の使用に供され、所有者がこれを認容するに過ぎない場合は、公共用物とことなり、これを牧野買収することができるものと解するのが相当である。そうであるならば、(8)の土地の買収処分には原告の主張するような違法はない。

よつて原告等の請求は、いずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項に則り、これを二分し、その一を原告椿の、その余を原告鈴木、伊藤の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 西口権四郎 藤本久 丸山喜左衛門)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例